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 大江健三郎 『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ (新潮社、2007年)
 
 
 最も新しい大江健三郎の中篇小説。

 去年、12月10日の講演会を聴きに行く前に読んだから、ひと月ほど前に読んだもの。

 最近の作品の中では一番おもしろかった。

 中期以後(?)の作品によく見られる、民話の世界に逃げ込むということがなく、民話は登場するけどあくまで舞台が現実のままなのが良い。( 民話の滑稽さの中に入っていくだけなら、そのおもしろさは童謡と変わらない。)

 2人の老人が昔、純粋無垢な心で映画制作を始める。しかし、そんな“純粋無垢”を陵辱するような行為に絡んだ事件によって、その映画制作の計画は頓挫してしまう、という話。

 美しくも儚い。

 いかにすれば純粋無垢を守ることができるのだろうか。

 そんなことを考えるのは独りよがりな勝手な空想だろうか。

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 高山聖史 『当確への布石(宝島社、2007年)
 
 
 2007年の「このミステリーがすごい!」大賞の優秀賞受賞作、に加筆したもの。

 ワイドショーの人気コメンテーターである女性大学助教授が衆院補選に出馬し開票を迎えるまでの“過去”に絡んだ様々な事件を描いたミステリー小説。

 謎や仕掛けは“質より量”で、一つ一つの質は低くてありがちなものにすぎない。けど、量は多い。

 その結果として、完成度・満足度・満腹感は高くはないけど、気分転換用の読み物としてとかならある程度は楽しめる。
 
 
 AmazonとかBooklogのレビューだと「選挙の描写はおもしろかった」というのがけっこうあるけど、多少なりとも選挙や政治のことを知ってる人間にとっては、目新しさもおもしろさもない。むしろ、ベタすぎて現実よりつまらないとさえ言える。

 政治家はとりわけ、自分のことを大きくおもしろく語ろうとする人種ではあるけど、政治家の自伝とか伝記にはもっとおもしろい逸話がいろいろ書かれてたりする。
 
 
 それから、こんなことはいくらなんでもあり得ない、と言わずにはいられないのが次のところ。原因と結果を取り違えている。(そして、真の原因を見逃している。)

この層〔=都心の有権者〕には、浮動票と同じ反応をする有権者が多いともいわれている。ゆえに、野党第一党支持であった有権者が、その選挙の流れを判断し、与党公認候補へ票を投ずることもあり得る場所なのである。 (p170)

 著者がそんなに政治のことを調べてないことが伺える。
 
 
 そんなわけで、(謎、仕掛け、選挙描写、下調べ、等)全体的に浅くて薄い、特筆に価するような作品ではない。
 
 
 ただ、当初の安易な思い込みを裏切るタイトルの付け方はうまい。

 橋本治 『橋本治という行き方――WHAT A WAY TO GO ! (朝日文庫、2007年)
 
 
 「自分」や「作家」や「教養」などについて綴ったエッセイ。

 橋本治という人は、徹頭徹尾、“自分”という視点・立場から見て考え語る。

 それが、変に道徳や社会通念などに捕らわれない思考を可能にしている。

 けれどその一方で、「まあ、こういう人もいるか」「まあ、こういう考えもあるね」で終わってしまって、読者を巻き込むというところまで至らない。橋本治という人間はかなり個性的で特殊な人間でもあるし。( なんせ、自分が興味を持ったことしか頭に入らない、暗記が全然できないとか言いつつ東大に入ってしまうくらいだから、どう考えたって凡人とは種類が違う。)
 
 
 とはいえ、学校教育に関する経験では共有できるところがあった。

大学の教室で「正解なし」の「論じる」をやっていて、私は二つの呪縛から解放された。一つは、「自分のことを書く」という呪縛。もう一つは、「書くということは、それを採点する人間が持っている正解に合致させる作業である」という思い込みの呪縛。「その二つの呪縛があったから、自分は作文(=文章を書くという作業)が嫌いだったのだな」と理解した。 (p25)

その初めに「自分のことを書く」が苦手だったのは、「自分自身に関する正解を先生が握っている」と思っていたからである。そうでなければ、先生は「よくできました」の五重丸をくれるはずがない。自分のことを書いて、そこに「よくできました」という評価があるのなら、自分自身に関する“正解”は、先生が握っているのである。 (p27)

 日本人のダメなところの特徴やその生産工程が凝縮された文章だ。

 これでは上の意向ばかり気にするせせこましい人間しか作られない。

 話を矮小化してしまうみたいで嫌だけど、こんな優等生コンクールに内閣総理大臣やら文部科学大臣やらが1等2等をつけて表彰するってのはどうなのだろうか。だいたい基準はなんなんだ。夏休みに全員に課される読書感想文はこういう一元的なヒエラルキーの存在を背後に抱えていて、それは教師を通して、まさに「正解の呪縛」というプレッシャーを子供たちに与えることになっている。
(※ 2006年のサントリー奨励賞に、なんと、『広辞苑 第5版』の感想文を書いてる中学1年生がいる。どんなこと書いてるか分からないけど、すごい。辞書の感想文を書けるってことは、あらゆる感想文が書けるという能力の証明にもなっているんじゃないだろうか。「辞書は勉強になる」「意外な発見がある」ってことが書かれているのでなければ。)

 伊藤計劃 『虐殺器官(早川書房、2007年)
 
 
 セキュリティのために個人認証システムによる監視網がそこらじゅうに張り巡らされている先進国がある一方で、後進国での内戦や虐殺が絶えない近未来における、一人のアメリカ人青年兵士の罪と罰を描いたSF小説。小松左京賞最終候補作品。
 
 
 なんだけど、いろんな映画やら文学やらアニメやらノンフィクションやらを、ほとんど何も手を加えないでその表面だけを切った貼ったしただけの中身の薄い作品。無駄に知識をひけらかす嫌らしさも感じられる。

 出てくるのは、(あくまで自分が気付いたものに限られるわけだけど、)例えば、脳科学ではスティーブン・ピンカー、文学ではカフカ、ベケット、映画では『地獄の黙示録』、『ダーウィンの悪夢』、『プライベート・ライアン』、ノンフィクションでは『戦争請負会社』、『戦争広告代理店』など。それから、主人公の「ぼく」が任務と実存との間で悩むのは『エヴァ』。他にも、『利己的な遺伝子』やら画家のボッシュやらゲーム理論やら脳死問題やらも出てくる。とはいえ、どれも、あくまで主だった内容やハイライトをほとんど加工もせず、作品の中に自然に溶け込ませることもなくそのまま引っ張ってきただけ。

 それで、余計なものを取り除くと、つまるところ、“『地獄の黙示録』に脳科学的な洞察を単純に加えただけの作品”ということになる。しかも、両者を単純に足しただけで独自の解釈はほとんどないし、話のあちこちに色々なものが付着させられているために作品全体が拡散的になってしまい、『地獄の黙示録』的な問題が突き詰められているということもない。

 で、結局、独創性を感じさせるのは、「虐殺の文法」と「内戦の効用(外部経済)」くらい。 (※「虐殺の文法」みたいな研究は昔からあったという話をネット上のどっかで見たけど、それが具体的にどういうものだか分からない。)
 
 
 これだけ色々なことを知ってるのなら、無理していっぱい詰め込もうとせずに、一つのテーマをじっくり深く追求すれば良かったのにと思う。

 ともあれ、そんなわけで、一部の評価とは違い、「傑作」とは到底言いがたい作品。

 奥田英朗 『サウスバウンド(角川書店、2005年)
 
 
 文庫化されてるのを本屋で見かけ、つい買ってしまうのを抑えるべく再読。

 やっぱり痛快でおもしろい。

 世の中の常識も世間の目も全く意に介さない破天荒な元過激派の父親を持つ子供の視点で、いろいろな“現実”とやらとの葛藤・衝突が描かれている。

 子供のバイブル、『ぼくらの七日間戦争』のようなおもしろさがある。
 
 
 どの登場人物もキャラが立ってて映像化にはもってこいの作品。今の映像作品業界の技術だと、せいぜいキャラが立ってる分かりやすい人間しか描けないし。

 そんなわけで、10月に映画が公開される。

 この映画、話の半分は夏の沖縄が舞台なのになぜか秋公開という失策は置いとくとして、「予告編」を見た限り、せっかくの分かりやすいはっきりしたキャラが完全に死んでいる。トヨエツと天海祐希って、なんでそんな暗い人をキャスティングするか? なんか勘違いしてこの作品に“リアル”でも求めたのか? よくわからない。
 
 
 それはさておき、今回印象に残ったのは話の終盤に出てくる次の言葉。

『税金なら納めん』 (中略) どこかのキャスターが、今年の流行語大賞はこれで決まりだって言ってた (p459)

世の中にはな、最後まで抵抗することで徐々に変わっていくことがあるんだ。奴隷制度や公民権運動がそうだ。平等は心やさしい権力者が与えたものではない。人民が戦って勝ち得たものだ。誰かが戦わない限り、社会は変わらない。おとうさんはその一人だ。
 (中略)
 おまえはおとうさんを見習わなくていい。おまえの考えで生きていけばいい。おとうさんの中にはな、自分でもどうしようもない腹の虫がいるんだ。それに従わないと、自分が自分じゃなくなる。要するに馬鹿なんだ (p485)

 ただ権威・権力に反対するだけでなく、理想があるのがいい。

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