忍者ブログ
by ST25
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 菊池正史 『「影の総理」と呼ばれた男――野中広務 権力闘争の論理(講談社現代新書、2018年)

 

 昨年、92歳で亡くなった政治家・野中広務の評伝。その時々の政治情勢を描くのにも多くの紙幅を割いている。そのため、野中広務にばかり焦点を当てているというより、「野中広務を通して戦後政治を見る」という趣がある。

 野中広務の経歴を見ると、平成までを含めた戦後日本が凝縮されているような感さえ受ける。

 戦争に参加し、敗戦を知った後は自決をしようと決心する。(本書にも出てくる、自決を思いとどまったエピソードは感動的だ。) そして、会社勤めを経て地方での青年団活動で頭角を現す。その手腕が買われ地方政治へ進出。まだまだ色濃く残っていた部落差別や部落が貪る既得権益と戦う。また、冷戦の対立構造を反映した革新・京都府政では共産党と戦う。その間、田中角栄、竹下登と親交を深め、58歳で国政に転じる。遅咲きの中央政界進出にもかかわらず、その忍耐力や交渉力で権力の階段を上っていく。冷戦終結と時を同じくしてやってきた55年体制の終焉と自民党の下野も経験する。その際は社会党との連立を実現した与党復活の立役者にもなる。その後は、「ポスト冷戦」の政治を反映するかのような(あるいは、小選挙区制導入の必然か)権力の一極集中時代に突入する。すなわち、小泉劇場だ。そこでは抵抗勢力として国民の敵として祭り上げられ政治の表舞台から立ち去る。

 戦争を憎み、差別と闘い、自由(資本主義)を擁護し、感情的にならず粘り強く討議できる。それが自らの実体験によって裏打ちされている。そのため、現実離れした抽象的な理想論を振りかざすこともない。

 本書で語られる二之湯参議院議員の野中評。

 野中さんの魅力は、人の心を打つ言葉にあった。それは単なる雄弁ではなくて、長い苦労を重ねた人生から、心の奥底からほとばしるようなものだ。決して論理的ではないが、心に響く言葉だった。p132)

 本来、政治とは異なる意見の続出する闘技場で皆に関わる事項を決定する営みだ。となれば、誰か(「独裁者」と呼ぼうが「カリスマ」と呼ぼうが)がずばずば決めていくべきであるようなものではない。

 また、自由を基調とする現代社会において、政治の役割は強者というより弱者にその軸を据えるべきなはずだ。

 そういう観点で見るならば、多くの世間のイメージとは裏腹に野中広務は皆が理想とする政治家像に近い。「庶民の味方」としてドラマの主人公になっても不思議でないような政治家だ。

 かつて秘書を務めていた山田広郷が野中を語るところだ。

 「愛のない社会は暗黒であり、汗のない社会は堕落である」
  この言葉を聞いた時の衝撃は、今も胸を貫いているという。
  「どんなに立派に天下国家を語っても、事情を抱えて困っている人、社会的弱者に対する愛情がなければ、国民のための政治ではない。そして、努力して結果を出したものが、正当に評価される社会にこそ活力が生まれる。そう考えていたんだと思う。国鉄時代も、政治の世界でも、嫉妬され、様々に足を引っ張られた。努力しないものが、した者を嫉妬し邪魔することは、まさに愚かであり堕落であるということを訴えたかったのでしょう。」p141)


 野中広務という政治家の存在を通して見えてくる現代日本の問題点は、「時代が変わった」の一言で済ませられないものばかりだと思うのだ。



PR

 ほしおさなえ 『活版印刷三日月堂――星たちの栞(ポプラ文庫、2016年)

 

 シリーズ1作目。昔ながらの活版印刷を行う印刷所の女性店主を中心に、心温まる話が展開される。舞台は川越。

 シリーズ1作目だからか、活版印刷ならでは魅力もところどころ説明されている。その1文字1文字に心をこめる感じが登場人物たちの心の温かさと通じ合っていて、ハートウォーミングな穏やかな世界観が心地よい。

 そして、その世界観にバッチリ合っている川越の古風な街並み。

 あるいは、その世界観に深みを与えてくれるコースターやレターセットや俳句というそれだけで懐かしさを感じさせてくれる小道具の数々。

 日常で平穏な生活や心を乱す、他人への気遣いのできない人のいない実に平和な理想郷が描かれていて、その世界への憧憬やその世界へ行けないことへの悲しさがつのってくる。

 帯ではやたら涙を強調したりもしているけれど、少なくとも「号泣」というような涙ではなく、ほろりと来るような涙だ。



 ほしおさなえ 『菓子屋横丁月光荘――歌う家(ハルキ文庫、2018年)

 

 家の声が聞こえる大学院生が川越の古民家に住むことになる。彼の担当教授、川越在住の女子大学生、川越でコーヒー店を開く人など、川越を中心にさまざまな人たちの関わりを描いている。

 ミステリーでも劇的な話の展開があるわけでもないけれど、普通の会話を通して彼らの人柄の良さが伝わってきて、そして、平和な世界が創り出されている。読んでいてとてもあったかい気持ちにさせてくれる。

 大人の登場人物たちが、「佐久間さん」「藤村さん」のように「名字+さん」で呼ばれるのもその雰囲気づくりに一役買っている。

 そんな空気感を作り出せる舞台となった川越の街をのんびり散策してみたくなった。ところどころ実在のものも出てきているし。


 松岡圭祐 『グアムの探偵(角川文庫、2018年)

 

 本屋でふとタイトルを目にして、数年前に旅行で行ってすっかり気に入ったグアムのことを思い出すべく読んでみた。

 すべてグアムを舞台にしたミステリー。日系1世・2世・3世の3世代で探偵を営む男たちが主人公。
 
 5編の短編からなっている。グアムの事情を混ぜながら話が展開していくから知らなかったグアムのことも知ることができたし、行ったことのある場所も出てきてグアムの空気を思い出しながら読めた。ミステリーとしてもグングン引き込まれスラスラ読めておもしろかった。

 グアムというと最近、よくないニュースばかりな印象だ。北朝鮮のミサイルの標的にされているとか、日本人より中国人観光客の方が多くなったとか、航空便が減らされたとか。

 そんな状況を打開すべくグアム観光局がいろいろやっているのをたまに目にするけれど、これもその一環なのかと少し疑ったりもした。

 とはいえ、それはともかく、好きなグアムが日本人から「遠い」場所になるのは寂しいから、このような本が出るのは歓迎だ。


 
 

 大江健三郎 「部屋(『大江健三郎全小説1』講談社、2018年/所収)

 

 「部屋」は、1959年に雑誌『新潮』にて発表された短編。その後、どの本にも収録されておらず、今年出版が始まった『大江健三郎全小説』が初の書籍化。1935年生まれの大江健三郎が24歳になる年に書かれている。

 安保闘争で学生らが国会議事堂を取り囲んだのが1960年。アメリカとの関係にまだまだ賛成・反対が激しく対立していた「政治の季節」に書かれている。

 したがって、初期の多くの大江作品と同様、当時の日本の政治状況、国際関係を暗に示唆するものとなっている。

 主人公の24歳の男は映画批評を仕事としている。そして、あるホテルの一室で「なぜ自殺しないのか?」と自問する。戦争が終わった今、生きることへ精神を昂揚させる(p463)ものは「性」しかない。しかし、この男は若くして性的不能に陥っている。

 人生という大波に身を任せ、時間が流れるがままに無気力に生きている。自分の意思もなければ行動力もない。それは、あたかも、アメリカという大国に身を任せ、国際的な潮流を漂い、自らの意思を形成することもなく付和雷同する日本(政府・与党)であるかのようだ。思えば、男の職業が、外国映画を称賛し、外から語るだけで自ら何かを創造するわけではない映画批評というのも示唆的だ。

 男のいる部屋の隣には、黒人の男との間に娘をもうけた日本人娼婦がいる。そして、客の相手をしている間に娘を預かってくれるように男に頼む。娘が語るところによると、母は自分を殺そうとしているというのだ。「黄金の国」へといつか行くことを夢見る娘は、母は「黄金の男」と結婚するために自分を殺そうとしていると言う。

 黄金に輝いているように見える“アメリカ”。ここでのアメリカとはあくまで“白人の国アメリカ”だ。“白人の国アメリカ”へと行くことを(そしてその一員になることを)夢見る娘。“白人のアメリカ人”と結婚することを夢見る女。そう読める。

 そして、男は悟っている。この道の行く先は「地獄」だと。あるいは、日本は“娼婦”でしかないのか。
 
 
 
 男たちがいるホテルは海に面している。そして、暗く閉ざされた空間として描写されている。その鬱屈した環境の中で悪い方向へと流されていく人々を描いている。

 そこを抜け出すためには、意志と行動力が必要となる。この小説が書かれてからおよそ60年。果たして日本は、国際関係において意志と行動力をもって何事かをなしてきたのだろうか。自ら道を切り開いてきただろうか。大過なく(「地獄」へ行くことなく)ここまで来られたことを思いつつ、一方で、意志と行動力を垣間見せている近年の日本外交(集団的自衛権等をめぐる動き)が果たして良い方向へと動き出しているのだろうかという疑問を感じずにはいられない。

 皮肉なことに、意志と行動力こそが「地獄」へと日本を突き進めていくのかもしれない。


カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新コメント
[10/20 新免貢]
[05/08 (No Name)]
[09/09 ST25@管理人]
[09/09 (No Name)]
[07/14 ST25@管理人]
[07/04 同意見]
最新トラックバック
リンク
プロフィール
HN:
ST25
ブログ内検索
カウンター
Powered by

Copyright © [ SC School ] All rights reserved.
Special Template : 忍者ブログ de テンプレート and ブログアクセスアップ
Special Thanks : 忍者ブログ
Commercial message : [PR]