by ST25
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「SUMMER SONIC 2015 in Tokyo」 ( 2015年8月15日(土)/@幕張ベイエリア )
当日朝方までやってたソニマニ終わりに何駅か移動して時間をつぶし、改めて幕張に行ってのサマソニ。お目当ては、千葉マリンスタジアムのトリを飾るThe Chemical Brothers。それから、欧米でも人気が凄いらしいBabyMetalも見てみたいなぁと。それ以外は適当につまみ食いして好みのが見つかればという気持ちで参戦。
ソニマニは参戦経験があるけど、サマソニは初めて。そんなわけでどれだけの人出なのかとか勝手がわからない。結果、少し奮発してプレミアムチケットを持っての参加。プレミアムチケットを持ってると、幕張メッセでは右前方と左前方に設けられている専用のスペースに入れる。また、メッセにある専用の休憩スペースに入れる。ライブとはいっても人でぎゅうぎゅうな状態だと楽しめない自分みたいな人間には良かった。特にベビメタでは威力を発揮してくれた。
さて、当日の話。確か昼頃にはメッセに着いたはずだけど、最初何を見たのか記憶にない。
そして、ベビメタ。もちろん、プレミアムチケット保有者用のスペース(左)へ。このスペースも前の方でないと角度がありすぎて見にくくはあるけどそれでも空間にかなり余裕があって落ち着いて楽しめる。普通のフロアはかなりの大混雑で、後ろの方はわからないけどほとんどがカオスっぽかったから普通のフロアだと楽しめなかったかも。
ベビメタのライブ。あれだけ人気なのも納得な素晴らしいものだった。曲をよく知らなくても聴いてる方をノセるような自然とテンションが上がってくるような力の入ったパフォーマンス。しかも、物語的な設定を映像を使って見せたり、メンバーもその設定のキャラを演じていたりして、そういう面も楽しい。もちろん、「コリン星」みたいな過剰なキャラ設定ではないから白けさせるようなこともない。MCもライブの盛り上がりを静めてしまうようなダラダラした時間にはしない。とはいえ、こういうキャラとかは二義的なもので、何よりライブパフォーマンス自体が楽しくて素晴らしい。Su-Metal、すごい。
ベビメタが終わり、ケミカルブラザーズまで時間があったから、波打ち寄せる砂浜に設営されてるビーチステージへ。波の音が聞こえ、涼しい海風が吹いてくる中聴く、優しい感じのノリのいい音楽は最高だった。グループ名とか全然知らなかったけど。
そして、メインのケミカルブラザーズを見るためマリンスタジアムのグラウンドへ。もちろん人工芝の上には全面シートが敷かれている。
ケミブラ、一曲目から出し惜しみせず「Hey Boy Hey Girl」で一気にテンションUP。大好きな「Swoon」も前半に来て、最初から最後までテンション高く楽しめた。最後の曲が終わる瞬間に合わせての打ち上げ花火も、毎年恒例らしいけど知らなかったから興奮した。俗世間から離れての異世界に浸れた楽しい2日間が花火とともに終われて、名残惜しさを感じることなく何とも心地よい終わり方ができた。
行く前は真夏に一日中なんて体力もつかなとか心配だったけど、なんだかんだで一日楽しめてしまった。今年はUnderworldも来るみたいで行けるなら行きたいところ。それにしても、Underworldは好きなんだけど(それも1,2を争うほど)、最近、Daft Punk全然来なくない? 未だにライブを体験できてない数少ないアーティストの1人だけに、来てほしいんだけど。
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「Sonic Mania 2015」(2015年8月14日(金)/幕張メッセ)
自分が行ったライブの備忘録として書いておこうとふと思い立って1年近く前のことを書いておく。
サマソニの前夜祭的に開かれる夜から朝までの夜通しのフェス。Underworld目当てに2011年にも参加した。そのとき、適度に暗くてひんやりした屋内でのまったりした雰囲気が気に入った。
今回のお目当ては強いて挙げればPRODIGY。とはいえ、それだけなら恐らく行かなかった。他にPerfume、マリリン・マンソンもいたから行く気になった。マリリン・マンソンは好きというより興味本位なだけだけど。
さて、だいぶ記憶が曖昧になってしまっているけれど、当日の話。
まず最初がPerfume。曲はまあまあ好きだけど、ライブは初。ライブが人気だというのは聞いたことがあるから期待大。だったんだけど、自分のポジションが後ろの方だったというのもあってか曲がいまいちよく聞こえない。さらに最初のMCがなんかダラダラしててイライラが募る。もう無理と思い退散。
その後、恐らく腹ごしらえをして時間をつぶし、マリリン・マンソン。興味本位で1~2曲聞いてたけど、好みではないなと悟り退散。
そのまま名前だけは聞いたことがあったけど曲については全く知らなかったBOYS NOIZEのステージへ。これが心地よくてノリもよくて楽しい!Perfume、マリリン・マンソンがいるメインステージのギュウギュウな感じとは違い、前方以外は人もまばらで自分の好きなように楽しめて快適だったし。こういう出会いがあるからフェスはおもしろい。これまでにこういう感じで見つけたのはPendulum、autoKratz、Steve Aoki。
そして続いて、メインのTHE PRODIGY。プロディジーのライブはおそらく2回目。2009年のウォリアーズ・ダンス・フェスト以来。ライブの印象はそのときと同じ。演奏も、そして何より聴衆が、荒っぽくて、曲を聴いて楽しむということができない。プロディジーは、曲は好きなんだけど、どうやらライブは合わないらしい。
その後も色々つまみ食いしながら最後までいたけど、特にぐっとくるものはなかった。
そんなわけでライブを楽しめたのはBOYZ NOIZEだけだったけど、あの適度に暗くてひんやりした雰囲気は、そこにいるだけでも心地よくて楽しめるから、全体としてはまあ満足。翌日のサマソニに向けて体力を温存したいという気持ちもあったからソニマニで燃え尽きるようなことにならなくてよかったという面もあるし。
そんなソニマニは今年は開催中止になったみたいで残念。日程的に元々行けなそうではあったけど。
湊かなえ 『高校入試』 (角川文庫、2016年)
そんなミステリー。
まず、事件が進んでいく過程が読んでいてもあまりおもしろくない。入試事務を行う教師たちに緊張感がないし、不審なことが起こった後も彼らは自己保身と適当な推理ばかりで魅力的な人物でもない。また、「実際の入試はもっときちんとやってた気がするけど?」と突っ込みたくなるような教師たちの不手際が多すぎる。しかも、そこが犯行の肝になっていたりして「ミステリーとしてどうなの?」と思えてしまう。そういう緊張感もリアリティもない中で話が進んで行ってしまう。
それから、トリックも、「おっ!」と思わせるような独創的なものではない。拍子抜けしてしまうような結構単純なものだったりする。
犯人の動機はちょっと深くてちょっと感動的。そして、その動機を引き立たせるためのそれまでのつまらなさだったとも言えるのだけど、だからと言って、過程の退屈さが正当化されるわけではない。
そんなわけで、誰もが経験した「受験」という厳格に運営されているはずのものをテーマにして、今を時めく作家が書いたミステリーということで期待したけど、残念ながら期待値を上回ることはなかった。
村上春樹 『東京奇譚集』 (新潮文庫、2007年)
高層マンションから忽然と姿を消し、何事もなかったかのように帰ってくる男が出てくる「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。いつの間にか勝手に移動してしまう腎臓の形をした黒い石を描いた「日々移動する腎臓のかたちをした石」。名札に異様なこだわりを見せ、名札をコレクションしている紳士的な話し方をする猿が描かれる「品川猿」。他2編からなっている。
どれも日常の中に異質な、異様なものが実に自然に溶け込んでいる様子を描いている。この点では、『象の消滅』(新潮社)という短編集に収録されている村上春樹の代表的な短編たちと同じだ。
『海辺のカフカ』とか『1Q84』のようなメッセージ性の強いものなら感想も書きやすいけれど、この手の短編の感想は難しい。
とりあえず、異質なものが自然に溶け込んだ非現実的な世界を、劇画的に大げさに書くのとは逆に、とても落ち着いて静かに、さも当たり前であるかのように書いている。そのため、その別世界にすーっと入り込んで、その別世界にどっぷり浸かって味わうことができる。
結局、そんなに深いことは考えずに、軽いファンタジーを楽しむような楽しみ方でいいのではないのかなと思う。
こういう味わい方ができるのも作者の筆力が確かなものだからこそであるのは間違いないところだし。
奥田英朗 『沈黙の町で』 (朝日文庫、2016年)
「 北関東のある町で、中学二年生の名倉祐一が転落死した。事故か、自殺か、それとも・・・? やがて雄一が同級生からいじめを受けていたことが明らかになり、家族、学校、警察を巻き込んださざ波が町を包む・・・。地方都市の精神風土に迫る衝撃の問題作。 」
とのこと。おもしろおかしな小説で手腕をいかんなく発揮してきた筆者が、「地方都市でのいじめ」という言葉や表に現れない微妙なものを多々含む難しい題材をいかに描くのか興味をもち、読んでみた。
当然だけどおふざけは一切なく、至ってマジメなミステリーになっている。出てくるのは、自殺した中学生。その友達や同級生。その双方の親。学校の担任や校長。警察官と検察官。取材する新聞記者。つまり、関わりがありそうな人はほぼすべての人がしっかりと描写されている。
話は2つの主題を追っていきながら進んでいく。一つは転落死の真相。自殺なのか、脅迫による殺人なのか、事故なのか。もう一つはそれぞれの人物の描写。転落死に至るまでの中学生たちの微妙な人間関係も徐々に明らかになるし、転落死発覚後の動揺する関係者たちの描写もある。
最初に言った通りおふざけな話ではないけれど、だからといって勧善懲悪で一件落着してカタルシスを感じられる話でもない。何か一つのことに原因を帰すこともできないし、誰か一人だけが悪いわけでもない。そういう中で悲劇が起こってしまい、その悲劇の処理も一筋縄できれいに気持ちよくは終わらない。そこが逆に、実にリアルで、本当にあってもおかしくない一つの話が描かれていると感じさせる。
誰もが現実の複雑さ、割り切れなさは体験して知っている。にもかかわらず、ニュースを通じて知る遠くの別世界の出来事に関しては、なぜか勧善懲悪のヒーローもののドラマでも見ているかのように、誰かを悪者に仕立ててその悪者を徹底的に叩いて満足してしまう。ネットが普及した現代では匿名での批判が可能になり、その悪者叩きはより激しさを増している。
そんな現代の観客的立場の「自称ヒーロー/ヒロイン」たちに対して、真剣に問題提起しているのがこの作品だと思う。
この小説の登場人物たちは、皆、自分のことばかり考えている。それは友達を裏切りたくない正義感から出たものもあるし、我が子を信じたいという親心から出たものもあるし、自分の地位を守りたいという保身の心から出たものもある。
それを人間の弱さに端を発するもので仕方ないと考えるか、どんな状況であれ冷静な客観的な判断をするべきだと批判的に考えるかは、意見の分かれるところだろう。
ただ、断片的な情報だけで全てが分かったかのごとく善悪を判断し「悪者」を断罪している「自称ヒーロー/ヒロイン」も、自分と関係がない安全な場所に自らを置いて無責任に放言しているだけなら、実は、自分のことを絶対視している、つまり自分のことしか考えていないと言えなくもないのではないかと思う。
そんなわけで、至ってマジメに「いじめ」をめぐる微妙な人間関係、人間の心理や行動を描いているのがこの小説だ。ミステリー的に話に引き込まれてぐいぐい読み進められるけれど、(interesting的な意味での)面白さというようなものはあまりないかもしれない。