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by ST25
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 大嶽秀夫 『小泉純一郎 ポピュリズムの研究(東洋経済新報社、2006年)
 
 
 制度ではなく、人(=小泉純一郎)が重要だという観点から小泉政権を振り返っている本。

 人(=小泉純一郎)という観点から、道路公団改革、郵政改革、自衛隊の海外(アフガン、イラク)派遣、北朝鮮による拉致問題の4つの問題の政治過程を整理している。
 
 
 制度が想定した通りに全てが動くなんてことはなく、人が重要だということくらい誰でも知ってるし、それに反対する人もいない。

 小泉純一郎が天才的な政治センスの持ち主であり、そのことによって小泉政権が(それなりに)“成功”したということは、テレビ・新聞を見聞きしているほとんどの人が思っていることだし、そういう事例をいっぱい載せている本もすでに複数出版されている。

 著者自身も、 この両者(※人と制度)は、必ずしも二律背反的ではない。そして筆者は、制度的要因を軽視するものではない (p.Ⅴ)と語っている。

 であるならば、この本の意味は一体何なんだろうか?
 
 
 この本で扱われている4つの事例が、人(=小泉)、もしくはポピュリズム、という観点から改めて整理されることで、新しい理解や以前とは異なったイメージを与えられているわけでもない。

 かといって、小泉純一郎のパーソナリティや戦略が、心理学やら脳科学やらゲーム理論やらを使って深化や体系化されているわけでもない。

 これを読んだ日本国民が得られるものは果たしてあるのだろうか?

 ――ない。

 結局この本がやっていることは、制度的な要因の説明を省いて事例をまとめ直しただけの、学部生の卒論と大して違わないレベルのことだ。

 「制度と人が二律背反ではない」と言うのなら、「 どこまでが制度によるもので、どこまでが人によるものか? 」をこそ明らかにすべきだった。
 
 
 そんなわけで、実証系政治学者の大御所による小泉政権分析ということで期待してたんだけど、精々、「緒言」と「1章」と「終章」の合計30頁強を読めば十分な、つまらない本だった。
 
 
 ところで、これで、日本政治史上に残る“成果”を残した小泉政権を理解するのに有益な文献の選別がほぼ終わり、内容的にも一通り出揃ったように思う。( ただ、メディア関係が欠落している。)

 個別の政策領域ごとの話では読んでない本も結構あるけど、「小泉政権全体についての理解」ということではこれらの本を読めば十分だと思われる。

◇有力な当事者による回顧
・飯島勲 『小泉官邸秘録』 (日本経済新聞社)
・竹中平蔵 『構造改革の真実――竹中平蔵大臣日誌』 (日本経済新聞社)

◇小泉政権の象徴的な出来事を集めた本
・読売新聞政治部 『自民党を壊した男――小泉政権一五〇〇日の真実』 (新潮社)
・読売新聞政治部 『外交を喧嘩にした男――小泉外交二〇〇〇日の真実』 (新潮社)
・大下英治 『小泉は信長か――優しさとは、無能なり』 (幻冬社文庫)

◇小泉政権の制度的理解
・竹中治堅 『首相支配――日本政治の変貌』 (中公新書)

◇前提となる日本政治の理解
・飯尾潤 『日本の統治構造』 (中公新書)
 
 
 ただ、個人的には重要だと思いつつも、(おそらく)誰も指摘していないことが一つあるから、それを記しておこう。

 すなわち、(自民)党総裁選の重要性についてだ。

 小泉が党総裁および首相に選ばれたのも、その後かなりの影響力を発揮できたのも、その元は総裁選にある。

 森首相が“密室”で選ばれたと批判される前までは、自民党の総裁選はほとんど自民党議員だけで選んでいた。

 それが、“密室”批判や首相公選論の高まりなどのために、一般党員の投票結果を重視する制度に変わった。

 そして、その結果、以前ではあり得なかった“泡沫候補”・小泉が総裁・総理に選ばれた。

 そして、小泉政権誕生以後の“内閣と党との対立”、“小泉と抵抗勢力との対立”の根源はここに発している。

 すなわち、以前であれば、党(=自民党議員)の多数派意見が総裁を決めていたものが、一般党員の意見を大幅に取り入れることで、党内(=自民党議員内)の多数派意見と実際に選ばれる総裁が異なるという事態が発生するようになったのだ。

 こうして、「“小泉”“自民党”政権」は、議院内閣制であるなら本来一元的であるべきはずの党と内閣との間に亀裂が生じ、イシューによっては(自民党議員と首相との)“二元代表”のような様相を呈するようになったのだ。

 では、だからといって、党総裁選を元通りに(ほぼ)議員だけで選ぶようにすれば良いかといえばそうでもないのが難しいところだ。

 どういうことか?

 議院内閣制、小選挙区制による二大政党制では、選挙においては党首=首相候補が重要になる。

 ということは、党首を選ぶ段階で世論(≒一般党員)の意見を聞き入れておくことは実際の選挙に直結するため、選挙戦略上、プラスになる。

 しかし、そうすると所属議員(の多数派)と党首との間で対立が生じ得ることにもなるのは、前述したとおりだ。

 果たしてこのジレンマはいかにして解消されるべきなのか?

 『日本の統治構造』(中公新書)で一元的統治システムとしての議院内閣制を明瞭に描きだし、21世紀臨調などで実際の政治改革の提言なども行っている飯尾潤にでも聞いたみたいところだ。

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 草柳大蔵 『斎藤隆夫 かく戦えり(文春文庫、1984年)
 
 
 1940年2月2日、第75議会における「支那事変処理方針への質問演説」(通称「反軍演説」)にて、

ただ徒(いたずら)に聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑居し、曰く国際正義、曰く同義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、斯くの如き雲を掴むような文字をならべ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがありましたならば・・・。現在の政治家は死してもその罪を滅ぼすことは出来ない。

 と、軍部が牛耳る政府を糾弾し議員除名に処された保守政治家・斎藤隆夫の生き様を、「斎藤隆夫・三大演説」を含む6つの発言へと至る時代背景を追いながら描いた評伝。

 去年、再刊されてもいる。
 
 
 斎藤隆夫は、上の引用にも表れているように、抽象的言辞を弄ぶだけの右翼・左翼とは一線を画す。

 すなわち、国際政治においては現実主義的な、国内政治においては自由民主主義的・法治主義的な価値基準に従って判断を下す。
( ※いわば、「リアリズム的リベラリズム」とでも言える。リアリズムとリベラリズムが国際政治上、対立概念だと考えられているのを避けるべく、民主党の枝野幸男が言うところの「したたかなリベラル」にも近い(?)。)

 これはつまるところ、「(抽象的・概念的まとまりとしての)“国家”のため」でもなく、「(抽象的・理論的な)“理想・空想”のため」でもなく、「(具体的に生きている)“国民たち”のため」を第一に考えていることを表している。

 そもそもの国家の存在理由からしてあまりに当然と思えるこの基準を有している政治家・言論人・国民が、現在において果たしてどれだけいるだろうか? むしろ、現在、「 国家 without 国民 」もしくは「 国民 for 国家 」という主客の転倒した思考をしている人が多くはないだろうか?
 
 
 斎藤隆夫の演説から。

近来、ややもすれば時局問題および国防問題につきましては、よくその内容を検討せずして、ただ盲目的に、無条件に政府に服従することを以て、愛国者なりと心得ている者がある。世の中の俗物はいざ知らず、われわれいやしくも憲法の委託によって国政の根本に参画する権能を与えられている者は、かくのごとき考えは少なくともわれわれの間においては通用しないのであります。 ( 斎藤隆夫「国家総動員法案に関する質問演説」、1938年2月24日、第73議会 )

今や外にあっては百万の皇軍が生死を忘れて国家の為に戦っている。のみならず既に数万の将兵は戦場の露と消えているのである。これは法律の力によるものでありましょうか。決してそうではありますまい。また内においては全国到るところに愛国運動が起っている、銃後の後援運動が起っている。これは法律の力によるものでありまするか、決してそうではありますまい。 (中略) 百の法律を作り、千の立法をなすといえども、国民の精神がここに至らなければ、断じてこの事実を見ることは出来ないのであります。然るに、この国民性に向って深き考慮を払わない。この国民に臨むに当って法律万能を夢みている。 (中略) しかも斯くのごとき重刑を以て国民に臨んで、国民の権利自由を拘束して、国民を弾圧して、国民を信用しないのみならず、かえってこれを疑うがごとき立法をなすことが、果して国民の精神を捉える所以であるか。果して国民の愛国心を鼓舞する所以であるか。果して国家総動員の実を挙げて真に国防の目的を達する所以であるか。 ( 斎藤隆夫「国家総動員法案に関する質問演説」、1938年2月24日、第73議会 )

 
 
 そんな斎藤隆夫の存在が、この本が書かれた1981年の時点でさえいまとなっては、その名前と実像を知る人はごく稀ではないか(p9)と思われていてその後も状況に変化がないのは残念な(ちょっと不思議な)気がする。

 ※ ちなみに、つい最近、斎藤隆夫による『回顧七十年』(中公文庫)が復刊された。けれど、古本屋を探せば100円かそこらで見つかりそうなもので、しかも著作権も切れてる(※青空文庫で入力作業中でもあるらしい)文庫本を1500円で売り出すなんて、ぼったくりもいいところだ。今回取り上げた本の再刊された単行本でさえ1600円なのに。誰が買うか。

 三浦しをん 『私が語りはじめた彼は(新潮文庫、2007年)
 
 
 あえて一言で表すなら、無常が定めの虚しい世の中にあって、“(ことさらに)求めていかない愛”のみが存立可能であること、また、そういった“愛”の逞(たくま)しさ、美しさを静かに描いた連作長編小説。

 一人の男(=「彼」)の奔放な愛に振り回され、裏切られ、傷つけられた男女たち(=「私」)それぞれの物語・視点を通して、“真の愛”(とは何か)が紡がれていく。

 人間の微妙な感情の襞(ひだ)を見事にすくい取った、純文学らしい名作。

 文章も美しい。
 
 

「私は、私にとっての真実を語りました。事実は一つですが、真実はきっとひとの数だけあるでしょう」 (p50)

「あなたの心に打ちこまれた杭は、いずれは溶けますよ。でもぽっかりと空いた穴はいつまでも残るでしょう。それは痛み続け、そこを通る風音があなたを眠らせぬ夜もあるかもしれない。だけど私は、この痛みをいつまでも味わい続けていたいと思うのです。それが、私が生きてきた、そしてこれからも生き続けていくための、証となるからです。私の痛みは私だけのもの。私の空虚は私だけのもの。だれにも冒されることのないものを、私はようやく、手に入れることができたのです」 (p49)

「でもいまは、村川や太田春美を哀れと思います。自分の中の何かを差し出し、なげうてば、だれかを手に入れられると無邪気に信じる彼らを、とても哀れだと」 (p48)

 この受動的ながら前向きな信念・諦念の先に成立する“愛”こそが真の“愛”になる。(ということだと思う。)
 
 
 この作品は、話が進むにつれて話に深みが増してくる。それから、最初の話はものすごくミステリー小説みたいな様相を呈している。

 それだけに、最初の方は油断して気楽に読んでしまった。

 最初からもっとじっくり読むべきだった。と今になって思う。( 第一話なんか結構重要だし。)

 もう一度読み直せば良いわけだけど、小説にそんなに時間をかけるのもなぁという気もするから、とりあえず一読した限りでの感想を認(したた)めた次第。

 原田宗典 『劇場の神様(新潮文庫、2007年)
 
 
 表題作を含む4つの短編からなる。

 素朴で身近で日常的なちょっとした出来事や感情を各作品で一つずつ描いている。

 いろいろ出版されている「ちょっといい話」みたいな内容。

 日常的な出来事を文章のうまい作家が書くとこうなる、という感じ。

 それだけ。
 
 
 「 これが小説であることの意味はどこにあるんだろう?」って思ってしまう。

 著者自身による解説のようなものを読んでも、特に得られるものはない。

 なんか、小説もこの解説も、読み手の感情に任せすぎなような気がする。

 そりゃ、どんなものでも、何かを読めば、何かしらの感情は喚起されるんだろうけど、それなら、どんな文でもよくなってしまうわけで・・・。

 飯尾潤 『日本の統治構造(中公新書、2007年)
 
 
 日本の統治システム=議院内閣制を丁寧かつ論理的に説明している良書。

 「日本も三権分立」や「大統領制はリーダーシップを発揮できる」といった小中学校の社会の教科書的な俗説の誤りを正してくれる。

 「官僚が全てを牛耳っているという官僚悪玉論」や「国会の議論は形式的で無意味」といった政治評論家・テレビコメンテーター的な俗説の誤りも正してくれる。

 説明が、内閣、官僚制、政党、議院内閣制・大統領制と包括的になされているから、日本政治の優れたテキストにもなっている。

 「官僚内閣制」、「省庁代表制」、「政府・与党二元体制」といった、特徴をよく捉えている独特な用語の使用も理解を促してくれてグッド。

 ただ、日本政治の改革の方向性を提示している最後の6章・7章は常識的な内容にすぎないものばかりで、あまり有意義ではない。( ただ、“民主主義的要素を代表する衆議院に対して自由主義的要素を代表する参議院”という参議院改革の提案は例外的におもしろい。)
 
 
 日本政治の政治学的な理解については、この本と竹中治堅『首相支配』(中公新書)の2冊で十分なのではないかと思う。( もちろん、他の細かい分野ごとの問題はあるけれど、「大枠としての日本政治のメカニズムの理解として」、ということでは。)

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