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 橋爪大三郎 『橋爪大三郎の社会学講義(ちくま学芸文庫、2008年)
 
 
 同名の単行本の『1』と『2』の中から、社会学、大学、家族、宗教に関するものを集めて文庫化した新編集版。

 「社会学講義」というタイトルだけど、原論というよりは(現実の問題への)応用が中心。(けっこう俗っぽい)一般向けの雑誌に90年代前半に収録されていたものが多く、中身は玉石混交だから、長くなるけど個別に見ていこう。
 
 
 最初の「基礎講座」の、社会学についての概説は、ひどい。社会学の存在や存在意義を必死になって主張しようとしている(が外している)感じ。そもそも社会学とはどういう学問かを説明するのに、「 政治学でも経済学でも法学でもない分野を研究する学問 」というような消極的な定義しか与えられていない。その上、社会学の成果として挙げられるのがコントだのスペンサーだのウェーバーだの古い人ばかりだったりする。その苦し紛れで、ついにはこんなことまで言っている。

政治学にどっぷり漬かっているかぎり、政治学では見えてこないことがいっぱいある。たとえば人権のシステムがいいと言うけれども、では在日外国人の扱いはどうするんだとか、選挙区はこうだけれども、一票の格差や地方自治はどうするのかとか、そのなかで議論しきれないことはたくさんある。それらは社会学が指摘すべき問題である。 (p50)

中国は、マルクス主義、毛沢東思想を中核にするイデオロギー国家だった。しかしトウ?小平が登場し、経済システムを政治システムと別個に動かそうというアイディアが生まれる。ここで、社会学の復活が必要になった。経済システムを自立的に動かそうと言っても、社会主義体制の副産物として、官僚主義やコネの横行など、さまざまな社会問題が山積している。それらを取り除き、市場経済を機能させるためには、問題の発見が必要になる。それにはやはり、社会学の力を借りなければならない。 (p51)

 そもそもこれらを社会学の仕事だとする見立て自体が意味不明だけど、この文章が書かれて15年経った今から見ると、これらの問題に取り組んだのは、(当然ながら)社会学ではなく、政治学や経済学(あるいは、両者が混ざった政治経済学)や法学であった。
 
 
 次に「講座1」の大学について。90年代前半に書かれたものだけど、これは今現在の大学改革( 国立大学の民営化とか英語の共通語化とか奨学金の充実とか )を完全に見越していて、その先見の明は見事。( というか、これ以外の様々なところで展開されていた著者の主張が昨今の改革に影響を与えている部分もあるかもしれない。) 逆に言えば、今となっては常識化していて歴史的な意味しかない部分もあるけれど、今日目指されている方向性の一つの原理的主張としての価値はある。
 
 
 次に「講座2」の家族的なものについて。最初に結婚について。

人類はなぜ結婚するのか、という問題ですが、結論を言うと、それは、結婚という制度がなくなってしまったら、困る人が大勢いるからです。 (p156)

 なんていう、頭の悪い(トートロジーで何も言ってない)文がいきなり出てきて読む気が失せるけど、それを我慢して読み続けてもこのレベルの怪しげな話ばかりでダメ。2つほど例示しておこう。

結婚を、恋愛と比較するとわかりやすいと思うけれど、恋愛のチャンスというのは、非常に不平等です。それに対して、逆説的で皮肉にきこえるかもしれないけれど、結婚のチャンスは、恋愛のチャンスに比べると、ずっと平等である。日本で言えば、実に9割以上の人が、結婚するという現実がある。自発的な意思で結婚していない人もかなりいますから、この数字は、望めば、ほとんどすべての人は結婚できるということを表している。こんなに平等なことはないんです。 (p164)

恋愛のチャンスが、じつに不平等である理由は、自分が支出する時間が、全生涯に亘らなくて、断片的でいいからです。そこで、巧妙に立ち回れば、次々に恋愛することもできるし、同時に何人とも恋愛することが可能だ。けれど、結婚でそれをするのは、時間の構造から言って無理なのです。これはマッチングゲームですが、すでに結婚している人を結婚の対象に選べないというルールを定めると、おおむね結婚は平等にならざるをえないということがわかります。恋愛の場合、とび抜けて優れた能力を持っている人や、きれいな人に人気が集中しやすいけれど、結婚のほうは、ある程度現実的にならざるを得ないから、ほぼすべての人が、だいたい分相応の人と一緒になれる。 (p166)

 色々問題はあるけど、1つだけ指摘するなら、「平等」とは言っても、相当無理して妥協しての産物だとやはりみんな嫌がるということは、歴史が証明してくれた。(未婚率は年々上昇している。)

 それから、家族について。 かつての温かく安らぎに満ちた家族の関係 (p184)が、ただの錯覚の固定観念にすぎないことを歴史的・社会学的に明らかにしている。広田照幸の議論と近い。

 そして、猥褻と道徳について。猥褻物の規制についてのイギリスの5原則を参照にしながら、国家が社会の領域に介入し、刑法(わいせつ物頒布罪)によって道徳を守ろうとすることを批判している。ネット上での性的表現の対処が問題になっている中、改めて原理的に考える基礎を提供していて非常にアクチュアルで有益。
 
 
 最後に、「講座3」の宗教について。最初の宗教原論的な文章では、宗教の機能と、(ハンチントンの議論に触発されてか、)途上国が宗教上の教義から先進国に暴力的な行動を起こす危惧が語られている。これが当たっているかどうかは、まだまだこれから。

 次の2つの文章では、仏教についての宗教社会学的な観点からオウム真理教が分析されている。もちろん、オウムの公的な教義や組織だけを見ていては不十分なところがあるとはいえ、これはおもしろい。(意外に知らない)オウムがあんな事件を犯した教義上の動機や、「世界最終戦争を唱える仏教教団」がどれだけおかしいかといったことを教えてくれる。
 
 
 全体としては、ナイーブな議論が気にならない人は楽しめるかもしれない(それはいいのか?)けど、そうでない人にとっては、有益なものもあるとはいえ、(全体では)きついかもしれない。

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