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by ST25
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 朝井リョウ 『武道館(文春文庫、2018年)

 

 女性アイドルグループの1メンバーを主人公にした小説。ところどころAKB48を参照している。したがって、中心となるテーマはアイドルの恋愛について。

 グループであるだけに、恋愛に関して様々なスタンスのメンバーがいる。主人公の愛子は割とまじめなメンバーだが、小さい頃からとても仲の良い幼馴染の男の子がいる。

 グループが徐々に世間に売れていくのと並行して、愛子と幼馴染の男の子も大人へと成長していく・・・




 話の筋としては実にありきたりで驚くような展開はない。

 したがって、アイドルの心の葛藤が中心となる。その深さやリアリティが大事なところだが、そこがとても浅いし、無理がある。
 
 以下、本書の肝ではあるが、立ち入って書いていく。



 
 幼馴染との恋愛が週刊誌に掲載されると知った愛子は心の中で言う、

矛盾すべき二つの自分が、どちらも本当の自分だと知っているからだ。歌って踊ることが好きな自分も、好きな人がいてその人の体に触れることが好きな自分も、どちらも本当の自分だということを知っている。P329)

 恐ろしいことに、自身の行動の判断基準(あるいは是か非かの基準)は自らの感情のみなのだ。自分のために働いてくれている事務所やレコード会社の大人たち(彼らにも生活や家庭がある)。様々なものを犠牲にして売れようと必死に活動している他のメンバー。そういったものへと思考が至ることがないのだ。主人公の愛子は究極の自己中人間なのか? あるいは、サイコパスなのだろうか? これではアイドルと恋愛を扱った小説としては、心の葛藤の描写が浅すぎる。


 また、本書では「選択」を軸にその行動(アイドルの恋愛)を正当化している。本書の中でアイドルが言っている。(P323-326) 要約すると以下のようになる。

 アイドルが恋愛へと一歩踏み出すのも自己の「選択」によるものだ。しかし、「選択」するその瞬間においては「正しい選択」・「間違っている選択」なんてものはない。あるのは(後から振り返っての)「正しかった選択」だけだ。だから、この「(恋愛するという)選択」をこれからの行動で「正しかった選択」にしていけば良い、と。

 いろいろ問題がある。

 まず第一に、「正しい/間違った選択がない」と言うことで、「(恋愛する/しないの)選択」を行ったはずの自己の責任をあいまいにしている。主人公の愛子は恋愛をすることに対してのやましさや罪悪感を感じている。であるならば、「アイドルとしての自分」と「幼馴染と性的関係をもつ自分」という矛盾(そして、それは事務所の大人や他のメンバーに大きな影響を与える)に何らの対処・解決もせずに行った「選択」であり、無責任で正しくない選択だと言えるのではないだろうか。少なくとも、様々なことに思いを致すことなく行われた「不十分な選択」「誠実ではない選択」と言えるのではないだろうか。それを「正しい選択なんてない」の一言で済ませるのは、問題から逃げているだけだ。

 それから、「後々、正しかった選択にすればいい」と言うが、(現在の自分を肯定せずには生きていけない)人間という生き物には自己の来歴を正当化する強い傾向がある。自分の選択を間違っていたとすることは稀だ。であるならば、他人に迷惑をかけたような行動であっても、本人が判断する以上、「正しかった選択」として肯定されることになる、と誰もが思うだろう。また、そもそもいつの段階で「正しかった選択」かを判断するのかに言及されていないため、ただの、問題の先延ばしにしか思えない。



 このように、描写は浅く、恋愛するアイドルを肯定するにしては正当化の仕方が弱く、説得力に欠ける小説だと思う。

 ただ、一人ストイックにアイドル業に励んでいる「るりか」の健気さは感動的だった。何かを犠牲にし、我慢し、自ら選んだ道を突き進む者こそ応援したくなるものだ。




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