by ST25
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大江健三郎 『治療塔』 (講談社文庫、2008年)
20年近く前に書かれた大江健三郎のSF小説。
とはいっても、SF的な設定・話は最初と最後(特に最後)に出てくるだけで、多くはそれとはあまり関係ないところで話が進んでいく。
1986年のチャレンジャー号爆発事故とウィリアム・イェーツの詩から主要なイメージを得、小説の中でも重要なものとして登場してくる。
そんな道具立てを用いて描かれるのは、宇宙開発競争や階級分化に代表される科学主義や資本主義という現代社会の進化の方向と、それとは反対の「人間主義」(とでも呼びそうなもの)や自然主義との相克。そして、全編を通してその描写の中に、人類に対する「悲しみ」が漂う。
ただ、宇宙開発、科学主義、階級、工業化といった色々な問題の一つ一つは簡単かつ典型的に描かれる程度で、何らかの主題が深められることはない。ほとんどは、主要登場人物の頭や小さな集団の中というミクロなレベルで自己完結していて、社会とか科学といった外部のもの(≒SF的設定)との対話は行われていない。
そのため、著者がこの小説で描こうとしている科学主義や資本主義の(過度の)深化に対する否定的な感情・主張(と再生への希望)は、全く説得的なものになっていない。
で、結局、(文庫化のために付されている著者自身による「感想」でも強調されている)「悲しみ」、の雰囲気を味わうだけの小説。
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