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 中村文則 『迷宮(新潮文庫、2015年)

 

 自分以外の他の家族が皆殺しにされるという猟奇的な殺人事件に巻き込まれながらも生き残った女性。その女性と関わりをもった主人公がその事件に引き付けられ真相を探っていく。

 ミステリー的なストーリー性もありつつ、人間の心の奥底に眠る闇にも迫る文学的な小説で、とてもおもしろい。

 世にストーカー事件がはびこっていることからもわかるとおり、人間は偏執的な感情を抱くことが間々あり、それは往々にして歯止めがきかず精神的にほとんど壊れてしまったかのような状態にまでなる。

 この小説に出てくる殺人事件の被害者たちはまさにそんな人たちだ。彼らはもちろん一面では加害者でもある。その彼らによる被害を受けたのが生き残った女性だ。女性は狂気に囲まれた鬱屈した状況から脱走するべく「狂気」を自ら招き入れるという選択をする。

 そんな奥底に狂気を秘めた女性に引かれたのが、かつて自らの中に「R」という狂気な人格を持っていた主人公の男性だった。

 この辺の踏み込みは200頁ほどのこの小説ではそこまで深くなく、全体的にも表面的な出来事中心に話は進んでいくけれど、スムーズに読み進められるのはその背景となる人物描写に説得力があるからだろうと思う。

 人間の内面にあまり踏み込まない小説が多い中、孤軍奮闘する中村文則の作品は全制覇したいところだ。



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