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ドリス・レッシング 『破壊者ベンの誕生』 (上田和夫訳/新潮文庫、1994年)
あまり、というか、ほとんど話題になってないけど、今年のノーベル文学賞を受賞したイギリスの女流作家の1988年の小説。原題は、"The Fifth Child"。
代表作は『黄金のノート』(1962年)とされることが多いみたいだけど、ノーベル賞の受賞理由は、「 女性の経験を叙事詩的に描いた。懐疑と激情、予見力をもって、分裂する現代社会を吟味し、題材にした 」とのことだから、「今年のノーベル賞受賞作がどんなものだったか?」を知るために読むには、この作品も悪くはないと思う。
明るくて賑やかな、絵に描いたように幸せな家庭が、5人目の子供――全世界に戦いを挑むような目をし、気味の悪い呻き声をたてる――ベンの誕生によって崩れ去っていく。夫、4人の子供たち、親、親戚たちは、ベンから離れたり、ベンを離そうとしたりする。けれど、ベンの母親であるハリエットだけは、ベンを見捨てることもできず、かといって、心を打ち解けて好きになることもできず、苦悩する。また、さらには、自分がベンを産んだこと、自分だけがベンにこだわり続けることによって家族皆の幸せを奪っていること等によって、自責の念に駆られる。そうした中で、ベンが中学生になるまでが描かれる。
母親である女性を中心にして語られてはいるけれど、もっと一般的に、“家族”や“人間”というものの一つの現実・本性が暴き出されている。すなわち、“家族”という温かい響きを含んだ言葉の背後に(正常時には)隠されている、“人間の冷たさ”や“「幸せ」というものの脆さ・不自然さ”が描かれている。そして、もちろん、その中で、母親・女性の苦悩、愛情、感情的反応なども描かれている。
全体を通して、結局、ベンが一体何者なのかも含めて、善と悪、個人と家族、親と子、正常と異常などの単純な図式では、いろいろと割り切れない。でも、そんな割り切れない状態のままに時は確実に過ぎていき、崩れていったり育っていったり・・・。
でも、“幸せ”というイメージを剥ぎ取った現実の家族とは、(親から見ると特に、)そんなものかもしれない、と最後まで読み終わって感じた。