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田中詔一 『F1ビジネス――もう一つの自動車戦争』 (角川oneテーマ21、2006年)
第3期のホンダF1活動の現場最高責任者的な立場であるホンダ・レーシング・ディベロップメント(HRD)の社長だった著者が、マシン、スポンサー、オーガナイザー、興行などF1のあらゆる活動の金銭的な側面について、実際の経験を大いに参考にしながら明らかにしたおもしろい本。
これまでも、莫大な金銭が絡むF1界の金の動きや権力の所在を暴露的に描いた本や記事はあったが、ほとんどが外部のジャーナリストによるもので、内容の信憑性や内幕への切り込みという点で満足できるものではなかった。
この点、内部のしかも重要な地位にいた著者によるこの本は、著者による推定の数字も出てくるとはいえ、経験に裏打ちされていて非常に信頼できる。しかも、この本を貫く視点は、「覗き見的な暴露趣味」ではなく、「F1を愛する、コモンセンスを持ったビジネスマン」である。また、F1の世界で活動した人らしく、妙な精神論に陥ることなく常に冷静で現実主義的であるが、その中に静かなる愛情や情熱がこもっているという感じである。
さらに著者について述べると、その経歴も著者の兵ぶりを物語っているように思える。1966年に本田技研に入社して以来、アフリカ、戦争中のベトナム、ブラジル、日本、アメリカ、インドネシア、と、世界中を渡り歩き、99年にHRD社長になっている。F1の責任者というとあまり地位が高くないと思う人もいるかもしれないが、ホンダ本体の現在の社長である福田威彦も社長に就任する以前はF1の責任者であって、F1が行われているサーキットで普通に会見したりしていて、F1ファンには馴染みの人であった。
しかしながら、そんな良識を持った著者が、多少、暴露的・告発的なこの本を書かざるを得ないほどに、F1のシステムには根深い問題がある。
それは今のF1を築き上げた創業者といっても過言ではない二人の大物(バーニー・エクレストン、マックス・モズレー)による“ワンマン経営”である。そこでは金の流れや権力の所在に関する透明性や公平性に重大な欠陥がある。また、彼らのF1の将来像もF1の魅力を損なう危険がある。
これらに対する、著者が属したホンダをはじめとする自動車メーカー系のチーム(フェラーリは除く)の主張は非常に真っ当であり、大いに賛同する。
F1は、エンジン、車体、タイヤ、ドライバー、メカニック、サーキット、安全性など全てにおいて厳しい競争の中で鍛えられ、その中で勝ち残った、文字通り「世界最高」のレースであるからこそおもしろい。
サーキット1周で1秒タイムを削るのに100億円かかろうが、停止状態から時速200キロまで5秒以内に加速し、時速200キロから完全停止するまで1.9秒で行い、そのときドライバーは5G(体重の5倍)もの圧力に耐えるという想像を絶する技術が“現在における人類最高の技術である”ということに対するファンの信頼や確信こそがF1を魅力あるものたらしめている。
ドライバーだけの世界一を決めたいなら乗る車は市販のカローラで十分だし、スリルのあるレースが見たければアメリカ人好みの爆走レースを見ればよい。
自動車メーカーには何とかF1の改悪に抵抗し続けて欲しいものだ。
それにしても、この本を読んで、良かれ悪しかれ、改めてF1の「凄さ」を実感した。