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 三島由紀夫 『金閣寺』 (新潮文庫、1965年/新版2020年)

 
 書店で新装版が出ているのを目にして、ふと購入して読んでみた。

 別に死後50年だから読むというわけではない。けれど、最近たくさん出版されている三島関連本を目にしていてそんな気持ちになったのかもしれない。


 中学生のとき初めて手に取ったけれど途中で挫折したのも当然だなと今回思った。表現も内容も中高生には難しい。表現も特有な感じ。



 実際に1950年に起こった金閣放火事件をもとにした小説。

 主人公は、実際の事件と同様、金閣に火をつける(金閣寺の)学僧の青年。


 爆笑問題の太田光がラジオ番組で述べている通り、金閣の美の捉え方はおもしろい。

 すなわち、永劫な時間の中での不滅な金閣は輝かない。しかし、金閣への空襲の恐れを感じたり、金閣の前で尺八の音色が流れていたり、夕焼けの時間帯だったり、一時的で時間に限りがあるとき、金閣は最高に輝き出す。

 これはいろいろなところに共通するように思われる。欲しいものと実際に所有してしまったもの、旅行に行く前の計画段階と実際に行くときの気持ちなんかでも共通するのではないだろうか。


 もう一つ、学僧が金閣を放火する動機だが、いささか浅いと感じた。

 この学僧は、本人では何もやり遂げていないにもかかわらず、何でもかんでも不満(他者に対しても自己に対しても)を持ち、その原因を自己に帰さず、すぐに他者や別のもののせいにしてしまう。金閣の老師のせいにしたり、母親のせいにしたり、友達のせいにしたり。

 そして、金閣をも己の不完全さの原因に帰されてしまう。そして、火をつけられてしまう。

 自己の不十分さを認めず、何かにその原因を帰する犯罪者には枚挙にいとまがない。犯罪者としては相当浅はかなタイプだろう。

 したがって、この小説では、放火をした学僧は最後の場面で、新しい(辛い・つまらない)現実を生きていくことを決意していることを示唆している。

 しかし、もし仮に学僧がこのまま生きていくならどういう人生になっていくだろうか。

 この学僧に精神的な成長をもたらすきっかけなしには、この学僧は、また辛い現実に遭遇したら何かのせいにするだけだろう。日本の法制度のせいとか、アメリカのせいとか、~さんのせいとか。



 そんなわけで、美意識のようなおもしろい点もありつつも、より重要な、放火の動機については浅いと思え、小説としては高評価は与えられないと思った。

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