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by ST25
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 グレッグ・イーガン 『万物理論(山岸真訳/創元SF文庫、2004年)

 普段はSFなんてほとんど読まないが、この魅力的かつ挑戦的なタイトルに惹かれて読んでみた。

 結論から言うと、かなりおもしろかった。タイトルの壮大さに全く見劣りしない、内容の深さと大きさだ。
 
 
 ストーリーの大筋は、全ての自然法則を包み込む単一の物理学理論である“万物理論(the Theory of Everything)”が3人の研究者によってそれぞれ構築されており、それらの完成型(と思われるもの)が人工島で開かれる理論物理学会で発表されることになる。それを取材することになった科学ジャーナリストを主人公に、その人工島で起こる、科学万能主義に反対するカルト集団も絡んだ様々な出来事が描かれる。時代設定は2055年であり、その設定に沿ったSFらしい世界や社会の様子も描かれている。
 
 この長篇ハードSF小説には、多様な主題や仕掛けが盛りだくさんに詰まっていて、あらゆる楽しみが味わえる。しかも、その楽しみの幅広さは圧巻である。

 関連する学問を列挙すれば、物理学、生物学、医学、政治学、社会学、哲学、文学は間違いなく含められる。しかも、それぞれがある程度のレベルの高さで利用されているのだ。そして、この堅い学問的主題が壮大かつ緻密かつダイナミックなストーリーの中に筆者一流の独創性や想像力をもって組み込まれているのだからすごい。

 その様々な学問の中でも、ストーリー展開上、特に重要な役割を果たすのは、“万物理論”を作る理論物理学と、単純化すれば科学万能主義vsアンチ科学主義という構図になる科学哲学だ。物理学の方は知識がなくて全く何も言えない。科学哲学に関しては、このブログでも以前取り上げた科学哲学の教科書的な本である戸田山和久『科学哲学の冒険』を読んでおくと見事なまでに参考になるというくらい、学問の成果が小説の中に摂取されている。

 また、上の二つにはストーリー上の重要性という点で劣るが、「ステートレス」という名前どおり国家のないアナーキストによる人工島が舞台であるというのも社会科学系の人間にとっては興味深い。そして、そこでの住民の自己統治や生活や行動規範といったものは現代社会への厳しい含意を有するものだ。

 このような、未来を描くことによる現代社会への哲学的・政治的な深い問いかけにもこの小説は満ちている。「ステートレス」というユートピアの他にも、殺人事件の被害者を一瞬甦らせて犯人を言わせる技術の利用や、性別が「強化男性」や「転男性」や「汎性」など更に細分化され、しかもそれらを自分で選択できるようになっていることや、バイオテク企業による技術特許の独占など、たくさんある。

 ここまで、特に学問的な楽しみについて書いてきたが、改めて確認しておくと、この本は筆者の博識ぶりを見せびらかすのに終始している退屈な本ではなく、ハラハラドキドキさせるストーリーを持つ一級のサスペンスなのである。
 
 
 ところで、この本の原題は『Distress』である。これは本書に登場する謎の疫病の名前であり、一般的には「苦痛」とか「悩み」とかを意味する単語である。(ちなみに本書中ではカタカナで「ディストレス」と書かれているが、最初に登場するとき「遭難」という訳が付されている。)しかし、邦訳のタイトルを『万物理論』としたのはインパクトという点で適切な判断だろう。実際、万物理論は本書を通して重要な位置を占め続けてもいるし。
 
 
 とにもかくにも、この本を読んで一番感じたのは、筆者の凄さであるのは間違いない。

 そして、この文章を書いていて一番感じたのは、SFという超現実的な本の感想をあまりに現世的で平凡に書いてしまう自分の卑小さであることも間違いない。

 そんなわけで、最後に、本書の冒頭に引用されている詩をそのまま載せて、SFっぽさを出しておこう。

  最後の不当な国境線の消去とともに自由の地図が
 完成されるというのは真実ではない

  われわれにはまだ雷のアトラクタをチャート化し
 干魃の非周期性を図示することが、
  一千の人間の言語並みに豊かな
 森林やサヴァンナの分子レベルの方言を解明することが、
  そして神話を超えた太古からわれわれの情熱の最深部にある
歴史を認識することが、
  残されているのだから

  ゆえにわたしは数字の独占権を所有している企業はないと
  0と1を囲い込める特許はないと
  アデニンやグアニンの主権をもつ国家はないと
  量子波を支配する帝国はないと宣言する

  そして真実というものは売買することも
  力づくで押しつけることも、抵抗することも
  逃れることもできないのだという
  理解を祝う集会には
  だれでも参加できる余地が残されているべきだ。

   ――ムテバ・カザディ『テクノ解放主義』(2019年)より

 

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