忍者ブログ
by ST25
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 手嶋豊 『医事法入門(有斐閣アルマ、2005年)
 
 民法(不法行為法)の専門家による新しい分野の教科書。前半では総論や医療体制といった全体的、制度的な面について書かれ、後半では生殖補助医療、遺伝子、医学研究、医療事故、脳死、終末期医療といった個別の論点について書かれている。

 筆者も指摘している通り「医事法は新しい法領域」であることもあってか、本書を読んでも、いまいち法と医療とが掛け橋されているようには思えなかった。そのため、単純に医療に関係する法規を紹介しただけという感覚が残る。これなら、(例えば)民法総論を習得してあれば十分足りてしまうように思える。特に、前半の医療体制や医師制度などの制度的な部分では常識的な事実が根拠法とともに簡単に紹介されているだけであって物足りなさを感じた。また、後半の個別の論点のところも、これらは細かく考えていくとおもしろい問題なのだが、基本的な内容が紹介されているだけで、中途半端な観が否めない。「入門」の教科書だからこれでいいという考えも成り立つだろうが。ただ、驚いたことに、その割には参考文献などが全く紹介されていない点は不満だ。

 しかし、そんな中、9章の「医療事故をめぐる問題」だけは、他の章と比べて異質なくらいに質も量も増している。この章だけ、分量は約2倍だし、民法学上と思しき専門的なやや難解な用語も使われている。ただ、確かに「医事法」と言われて最も一般的に思いつくであろう問題は医療事故であるから、これも当然のことだろう。(むしろ他のところが深化が未だ浅いのだと思う。)

 それでも、個人的におもしろいと思うのは、やはり個別の論点を紹介している後半の生命倫理に関わる問題だ。この分野の論点は本当に難しい。考えて答えを導く際には、哲学的な抽象的な話としてではなく、現実的・具体的な話として「人間とは?」とか「人間の尊厳とは?」とか「人間の死とは?」という問題への認識が問われる。この本にもその種の論点がいくつか出てきている。以下では、安楽死やヒトクローンの禁止などの一般的なもの以外で本書に出てきた重い問題を列挙しておこう。
 
 
・非配偶者間人工授精が話題になったが、そもそも不妊は「治療の対象」なのか?あるいは、子を持つ権利(?)はそこまでして保障されるべきものなのか?

遺伝子解析の伸展の結果、新たに生じたのが、疾病とは何か、という「疾病の定義」の問題である。アメリカでは、遺伝子診断で乳がん・卵巣がんの家系と判明した「患者」が、将来、乳がんまたは卵巣がんを発病するリスクが、そうでない女性に比べて35倍高いと評価されたため、未だ発病前の段階で生殖器の切除手術を実施したことに対して、医療保険会社が給付を拒否したことが契約違反として訴訟となった。(中略)疾病に該当するかどうかで、遺伝情報を根拠として実施される行為が医療行為と認められるか否かについて、結論が変わることになる(pp105-106)

・人体組織の帰属はどうなるのか?人体組織に所有権(とそれに伴う諸権利)は成立するのか?認められるとするなら、臓器売買や人間の尊厳の問題にも発展する。

・死体からの臓器提供において提供先を指定することは認められるか?最近の国会等での議論では認められる方向で進んでいるが、臓器提供を待つ子を持つ親が、提供臓器が現れないことに絶望し、(中略)(自殺して)その臓器を子に移植する(ような)ことが認められるのか(p181)?
 
 
 以上、簡単に列挙してきたが、本書の中では個々の論点を詳細に論じることが目的とはされていないためにこの本を読んだだけでは情報や認識不足であるものがあるかもしれない。けれど、どれも人間の生・死やモノとしての人間に関わるもので難問だ。もちろん、生命倫理に関わる分野ではこれら以上の難問がいっぱいあるわけだが。

 話が医事法からは逸れてしまったが、上で挙げたような問題は医学界にその解決を独占させておくべきものではない。今までは、医師会や医学会などの団体が自己規制をしてきていたが、強制力はなく、これだけ社会にとっても個人にとっても重大な問題を扱うには危うすぎる。実際に、着床前診断による産み分けが起こっている。また、医学界では、医学・薬学の進歩や医師の地位といった医学界寄りのバイアスが全くかからないとは言い難い。したがって、本書のような医事を法や社会と結びつける試みは重要だし、積極的に応援したい。

 特に医療技術の進歩と人権の範囲の拡大とが相まって、社会的・法的・政治的に解決や判断をしなければならない問題は増えていく。こういうことは法学などの社会科学を学んでいる人より、医学・楽学などに関わっている人にもっと理解を拡げていかなければならないと思われる。

 本書を読んだ物足りなさからそんな結論を導き出してみた。



〈前のブログでのコメント〉
医療過誤は、「死」とか「病状悪化」という直接的で明白な結果が現れた場合にのみ分かることが多そうなだけに難しいです。医療を医師個人や医学界から、より社会に取り戻すことは一つの方法なのでしょう。

その一つとして、いくつかの地裁に医療集中部が設置されているそうです。医療界の自己改革も大切ですが、それと同時に社会の側が動くことも重要です。ロースクールには社会の動向に連動してほしいところです。

ただ、「社会に取り戻す」という流れは、『思想』(2005年5月号、No973、岩波書店)の「科学技術と民主主義」という特集における最新の研究を見ても、どうも逆に行き過ぎるきらいがあります。とりあえずは、科学は信用しつつも「領海侵犯」にだけは社会と科学の両者が敏感であることが重要なようです。
commented by Stud.@管理人◆2FSkeT6g
posted at 2005/08/14 07:48
難しい問題ですね。患者には過失の立証はかなり困難ですし、専門知識のある弁護士も多くはありません。それに、鑑定を依頼したとしても、医師に過失があったと認めるケースは稀だといいます。一応、鑑定人は被告の医師の出身とは異なる系列の大学から選ぶのだそうですが、学会などでの関係もあって医師側に不利な鑑定をすることは躊躇するようです。裁判官も専門とは限らず、鑑定結果をそのまま引用するだけの請求棄却判決を下す場合もあるそうです。
commented by nao◆L49rIMFs
posted at 2005/08/13 17:18
出生前診断と着床前診断とか、かなり大雑把に把握していたので間違えてました・・・(ので訂正しました。)

インフォームドコンセントとか、セカンドオピニオンとか、この本でも結構、重視されてました。インフォームドコンセントというと、大学入試の論文問題や、テレビのちょっとまじめなクイズ問題の常連というイメージが強いです(笑)

それはさておき、医療過誤の追及にしてもインフォームドコンセントにしても、最近の流れは大歓迎なのですが、この本を読みながら改めてよく考えてみると、これらに内実を伴わせるということは現実的にはかなり難しいような気がしています。例えば、あまりに不確実な医療技術において狭くなりがちな過誤の範囲をどうするか?や、患者側がいかに過誤を発見できるのか?とか、説明を受ける患者側の認識能力の問題とか。

障害や病気をもつ子の中絶に関してはもう少し考えてから書き込ませていただきます。
commented by Stud.◆2FSkeT6g
posted at 2005/08/07 04:07
 とても興味深い本です。
 大学で法医学と賠償医学を履修しましたが、「交通事故で被害者がむち打ちを訴えるケースは西高東低だ」ということくらいしか覚えていません(笑)。
 医療過誤といえば山崎豊子『白い巨塔』が思い出されますが、今の裁判例ではあの時代よりも患者を救済する方向の判断がなされているようです。もっとも、現代では患者の立証の負担の軽減で被害者保護を図るという不法行為法や民訴法上の議論より、インフォームドコンセントなどに代表される医療過程での適正さを確保するという医師法など制度上の問題がクローズアップされています。なかなか立法者が切り込めなかった部分にやっとメスが入ってきて、これからどう適正医療が実現されるのか期待したいところです。
 生命倫理については、当方のブログでちょっと記事にしてみました。
commented by nao◆L49rIMFs
posted at 2005/08/07 02:48
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新コメント
[10/20 新免貢]
[05/08 (No Name)]
[09/09 ST25@管理人]
[09/09 (No Name)]
[07/14 ST25@管理人]
[07/04 同意見]
最新トラックバック
リンク
プロフィール
HN:
ST25
ブログ内検索
カウンター
Powered by

Copyright © [ SC School ] All rights reserved.
Special Template : 忍者ブログ de テンプレート and ブログアクセスアップ
Special Thanks : 忍者ブログ
Commercial message : [PR]