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シルヴィオ・ピエルサンティ 『イタリア・マフィア』(朝田今日子訳/ちくま新書、2007年)
マフィアの行動原理や、マフィアと政治・経済・一般市民との関係や、マフィアに立ち向かう警察官・検察官など、イタリアのマフィアについて包括的に知ることができる本。
様々なスキャンダルが伝えられるベルルスコーニが首相に選ばれる国の一面が垣間見れる。ここで描かれるイタリアの社会・政治・経済の現実は、近代国家の体をなしていない。
最初、マフィアのルールとして「 弱者は守れ/仲間は殺すな、必要ならば手を差し伸べよ/盗むな/他の男のものである女を望むな/常に態度は誠実で礼儀正しくあれ etc. 」(pp19-20)とか出てくるから、日本のヤクザとは大違いだなぁとか思ってたら、その後で書かれている現実は全然違うものだった。 (とはいえ、日本のヤクザとどっちがましかというのは、どんぐりの背くらべでしかない。)
日本のヤクザとのアナロジーでは理解できない、イタリアのマフィアの特徴は(上で引用した道徳的・家庭的なルールのほかに)いくつかある。
・一般市民とのつながりが深い。そして、多くの、とまではいかないけどある程度の一般市民がマフィアに好意的でさえある。(本場シチリアでは特に。)
・政治家や警察や裁判官など公的な立場の人の中に、買収や脅迫によってマフィアに協力する人間が多い。
・反マフィアを掲げる政治家や検察官や裁判官には容赦なく脅迫を行い、しばしば殺してしまう。
・したがって、マフィアはかなりの政治権力や経済権力を握っている。
こんなところ。
こんな中、大袈裟な表現ではなく、かなりリアルな話として、自分や家族や親族が「殺されること」が分かっていながら反マフィアを掲げて立ち向かう検察官などが次々登場することには感銘を受ける。
裏切り者がいるから組織に頼ることもできず、自分だけを頼りに闇の巨大権力に命を賭けて一人立ち向かうこういう人たちの方が、マフィアより「強さ」でも勝っているようにしか見えないのだが、イタリア国民やマフィアはあまり分かっていないのだろうか?
映画『ゴッドファーザー』は、映像作品としての可能な限りの「技術」を駆使し尽くした最高傑作だと思うけど、マフィアの現状がこれでは積極的には推しにくい・・。でも、やっぱり、2番目に好きな映画の地位は簡単には変えられない。